連載【トレンドを俯瞰する⑬-私たちは今、どこに立っているのか-】ローマ・クラブ「成長の限界」から50年
■SUSTAINABILITY(持続可能性)がブームになった
「SUSTAINABILITY」という言葉をこの1年で急に目にするようになりました。アパレルやファッションの専門紙などでは、1ページに数カ所も見ることがあります。これはどういうことなのでしょうか。
資源や環境、エコロジーをなぜ、にわかに我も我もと言うようになったのでしょう。スーパーのレジでもらうポリ袋やカフェのストローのせいなのでしょうか。
私の手元に、50年近く前に買った1冊の本があります。ローマ・クラブ・レポート「成長の限界」という書名で、1972年に翻訳され出版されたものです。茶色に変色した1972年10月2日の朝日新聞の切り抜きが挟んであり、それは来日したローマ・クラブ代表のオリベッテイの副社長と日本電気の小林社長の対談記事でした。
ローマ・クラブは1970年当時、世界の経済人、学者、一部の政治家を含め70人ほどが地球の資源と環境がおかれた現状に危機感を抱き、調査や研究と議論を重ねた組織でした。そして地球上の人類の経済活動の成長には限界があることをレポートしました。
■賢人の警鐘は早すぎたのか
ローマ・クラブの活動が1970年だったことは意外な感じがします。現在は行き悩んでいる先進国も、当時はさらなる成長を期していたのです。当時の日本の1人当たりのGDPは8~9%という高さでした。先進国の最初のつまづきとなる石油危機も、数年先の1973年と78年のことです。「成長の限界」は現実感が無かったのです。
しかし、歴史が大きく変わるとき、時間を大きく広げて俯瞰すると改めて見えてくるものがあります。1954年から65年間、現在も総理府が行っているサンプル数1万~2万人の生活調査があります。生活に何を期待するかの質問項目では、1990年代には「もうモノよりも生活のユトリがほしい」が60%を超え、一方「まだモノがほしい」は30%ほどでした。生活のユトリとは、スポーツジムへ行くことや家族の団欒のことです。
「個」の生活の自由と解放、ライフスタイルのカジュアル化が、クニや社会とともに目指した三種の神器に象徴されたモノの豊かさをはるかに上回っていたのです。
昨年は、靴の市場で決定的な現象が見られました。価格を安くしても容易に売れなくなったのです。紳士服業界でも、買い上げ客にもう一着売るための安売り法を止めました。市場は飽和の臨界点を超えたのです。すでにモノの豊かさは「成長の限界」に達していたのです。
1997年に京都議定書は地球の温暖化に対して国際的な指針を表明しましたが、ローマ・クラブの「成長の限界」からすでに25年、4半世紀が過ぎていました。
モノの豊かさによる「成長の限界」の背景には、「個」の生活の自由と解放、ライフスタイルのカジュアル化があったことがわかります。
■SUSTAINABILITYはライフスタイルのカジュアル化までも含む
SUSTAINABILITYの持続可能は、環境や資源だけでなく自然や水そして人権、差別、ハラスメント、女性の解放にまで及んでいます。そして「個」の優位、ライフスタイルのカジュアル化に行き着きます。
私は1990年から2020年を、大きな時代の節目の移行期と考えてきました。「成長の限界」が明らかになり、成長に代わる目標、スローガンとしてSUSTAINABILITYを唱えるようになったのではないでしょうか。企業にとっての新しいよりどころになったのです。京都議定書も昨年のCOP25も、この移行期を経て待ったなしの段階を迎えます。
ローマ・クラブから50年。トレンドを俯瞰して現在地を確認し、次の時代を見ることができます。ライフスタイルのカジュアル化が加速することが見えています。大きなテーマとなる女性のスニーカーもそのひとつです。
【筒井重勝氏のプロフィール】
大学卒業後、出版社勤務を経て広告制作やマーケティングなど、クリエイティブな仕事に携わり、その後タカキューの商品本部長、丸紅・物資部で皮革に関するアドバイザーなどを歴任。この経験を活かし、1971年にジャパン・レザー・ファッション・インフォーメーション・センター、通称JALFIC(ジャルフィック)を設立。2009年からアイコニックスシステムを主宰し、社会学などを通してシューズ業界を新たな側面から見つめ直すという研究に取り組んでいる。