連載【トレンドを俯瞰する⑩-私たちは今、どこに立っているのか-】ライフスタイルという視点で見る
■カジュアル化の広がりの中で
このコラムの⑧で、サイクル・周期について書きました。1990~2020年のこの30年の周期でも、その半ばになるとスポーツシューズの勢いはようやく沈静化しました。
前半は勢いよく,後半は沈静化しながらもカジュアル化は消極的な市場にも大きく拡がります。1960~1990年の30年と同じパターンです。
そしてコラム⑤で、00年代のローファーからバレエシューズの低いヒールの流れが、ファッションではなくカジュアル化を表していると書いたことを思い出してください。これは、パンプスは履きたくないが、かといってスポーツシューズは履けない市場へのカジュアル化の広がりを表わしています。
昨年から百貨店の婦人靴売り場にスポーツシューズが本格的に進出しましたが、期待した成果は見られていません。しかし私は、この30年のサイクルの後半には、この一連の低いヒールのシューズの流れの次には、スポーツシューズが履けない女性たちのスニーカーが生まれると確信していました。
■なぜ、彼女たちはスポーツシューズを拒んだのか
スポーツシューズはあくまで競技のための道具です。もともと、日常の履物ではありませんでした。男性と若い女性は、それを生活の道具として取り入れました。しかし、きちんとしたエレガンスにこだわる大人の女性のライフスタイルにそぐいませんでした。
スポーツシューズは各種の競技の道具であるため、その機能を助けるモノづくりはされても、余計なものは排除されています。 スポーツシューズには捨寸がありません。90年代のナイキに代表されたスポーツシューズのブームでは、足が入ることでシューズが選ばれるようになりました。フィッティングも捨寸も関係なくなりました。
しかし最近、大人の女性が選ぶスニーカーが見られるようになりました。それはレディスの木型から開発されたもので当然、捨寸があります。捨寸は日常の歩行性を助け、エレガンスなシューズをつくります。
さらに、健康で美しい姿勢を約束するフィッティングが求められます。彼女たちのライフスタイルに沿ったシューズの誕生です。この流れは、ローファーからバレエシューズというカジュアル化の延長線上にあることが分かります。
スポーツシューズブランドも魅力的なスニーカー市場へ傾注する動きが顕著ですが、今後いよいよ本格化するライフスタイルのカジュアル化の流れの中で、この30年の移行期に大きな役割を果たしたと言えます。
■2021年から加速するカジュアル化
朝日新聞が数回にわたり、#KUTOO(苦痛につながる)という表現でパンプス事情をとりあげています。苦痛を与えるヒールパンプスが、職場で強制されたり制度化されたりしているのではないかという趣旨です。
職種によって異なりますが、実態は強制や制度化されているところは少なく、全般的にはカジュアル化に向かっているようです。
しかし新聞の意図は、女性の解放であり、読者・世間はパンプスは健康に良くないんだ、という意識が残ります。こうして、この30年のサイクルの後半はラクチンで快適なライフスタイルのカジュアル化が行き渡り、移行期が終わろうとしています。
2021年頃からは、スニーカー一辺倒のトレンドになりますが、競技という枠から解放されてさまざまな着想から新しいスニーカーが生まれます。
ニットを使ったもの、エスパドリーユから発想したもの、裏材や芯のないイージーなものなど。そして、クロッグから立ったまま脱ぎ履きできる足首までの短いブーツまで、あらゆる靴種をスニーカーにします。ライフスタイルのカジュアル化が、すべての市場に広がっていくのです。
【筒井重勝氏のプロフィール】
大学卒業後、出版社勤務を経て広告制作やマーケティングなど、クリエイティブな仕事に携わり、その後タカキューの商品本部長、丸紅・物資部で皮革に関するアドバイザーなどを歴任。この経験を活かし、1971年にジャパン・レザー・ファッション・インフォーメーション・センター、通称JALFIC(ジャルフィック)を設立。2009年からアイコニックスシステムを主宰し、社会学などを通してシューズ業界を新たな側面から見つめ直すという研究に取り組んでいる。