連載【トレンドを俯瞰する⑪-私たちは今、どこに立っているのか-】時代が変わる、その時がきた
■それは今年の初めから始まった
今年は、年初からレディスのスニーカーが予想を超える活発な動きを見せていました。それに引き換え、対極にあるエレガントなヒールパンプスの落ち込みは顕著で、その後もその流れは変っていません。こうした事態の起った背景に何があったのか、そしてその先には何があるのか。時間を遡り、今に至る流れを俯瞰することでそれが見えてきます。
モノの豊かさを解放するファッションによるカジュアル化の時代の後、モノ余りになった1980年代に個人が自分中心の自由な生活を求めるようになりました。ライフスタイルのカジュアル化です。社会性よりも「個」が優先する、まさにトレンドの大きな転機の兆しが見えていました。
1990年代に起ったナイキに象徴されるスポーツシューズのブームは、個の日常に“ラクチン”と“快適”をつくり、ライフスタイルのカジュアル化を体現したのです。
■スポーツシューズの時代とその限界
以来、現在に至るまで、スポーツシューズは市場で圧倒的な広がりを見せて生活を解放し、カジュアル化を進めたのです。
しかし、こうした中でスポーツシューズを受け入れなかった市場がありました。これまでにも指摘した大人の女性の市場です。大人の女性とは、百貨店の婦人靴の顧客に象徴される大きな広がりをもつ客層です。外出時にはキチンとする社会性を備え、女らしいエレガントさを良しとする、パンプスに愛着をもつ女性たちです。
改めて、スポーツシューズは競技の道具です。男性も若い女性もその競技の道具を街の生活の道具として取り入れました。しかし、大人の女性にはゆるがせにできない明確なライフスタイルがあったのです。
前回でも触れた2000年代になってからのローファーを始めとする低いヒールの革靴の一連の流れは、この市場への折衷案でした。そして近い将来、この市場に相応しいスポーツシューズに代わるスニーカーが生まれることは必至でした。スニーカーはカジュアル化するライフスタイルの道具です。そして今後生まれる多様なカジュアルシューズの原点になります。
冒頭の異変は、戦後70年間にわたって続いたレディスシューズが変化の時を迎え、代わってカジュアル化するライフスタイルにふさわしいレディススニーカーの新しい市場が見えてきたということです。
2020~2021年頃にライフスタイルのカジュアル化が本格化する、その新しいエポックへの1990年頃からの30年の移行期が、今まさに最終の段階を迎えています。スポーツシューズは日本の社会のカジュアル化を大きく進め、30年間の移行期を画したのです。
■パンプスにかわるスニーカー市場への期待
社会性とエレガンスを求めるライフスタイルのスニーカーの市場の経済規模は、見方によっては靴市場の15~20%近くになります。きちんとした社会性とエレガンスを備えながら、“ラクチン”で“快適”なライフスタイルを併せ持つ、広がりの大きな新しい市場です。それは次世代のパンプス市場です。きちんとした社会性とエレガンスにこだわるライフスタイルを理解し、スポーツシューズの“ラクチン”で“快適”を実現する、それを誰が実現するのでしょうか。
このシリーズの⑩で、その具体的な一端を述べましたが未踏の分野です。スポーツシューズの企業はもとより、日本のシューズ業界は歴史的にも、女性の視点でシューズを考えたことはパンプスを措いてないに等しかったのです。多くは男の靴のサイズを小さくすることで良しとしていました。
冒頭の事象で指摘した「スニーカー」は、いまだ多くの課題が残されています。誰がこの新しい大きな市場を制するのでしょうか。
【筒井重勝氏のプロフィール】
大学卒業後、出版社勤務を経て広告制作やマーケティングなど、クリエイティブな仕事に携わり、その後タカキューの商品本部長、丸紅・物資部で皮革に関するアドバイザーなどを歴任。この経験を活かし、1971年にジャパン・レザー・ファッション・インフォーメーション・センター、通称JALFIC(ジャルフィック)を設立。2009年からアイコニックスシステムを主宰し、社会学などを通してシューズ業界を新たな側面から見つめ直すという研究に取り組んでいる。